ホーム/探訪の記録/佐賀の通り・橋・風景1 LOCAL HISTORY / SAGA佐賀の通り・橋・風景1了関橋投稿日 2008.05.21文・記録:furusato 裏十間堀川を下り、今宿にかかる所に「了関橋」がある。 「了関」とは、蓮池藩二代藩主・鍋島直之の法名「要玄院殿了関宗勇大居士」に因んで命名された橋。直之は、佐賀二代藩主・鍋島光茂のいとこである。 橋の際に、恵比須像が建っている。 記事のURLをコピー印刷する 郷土史探訪家吉松潤二街の記憶と、人の営みをたどる。写真と資料、日々の探訪から、この土地の物語を綴ります。 CONTINUE EXPLORINGあわせて読みたい記録一覧へ戻る →↗佐賀の通り・橋・風景12008.05.22室園橋大正9年架設の「室園橋」は、元の室園遊廓(今宿遊廓)の名残を残す橋である。 今宿・裏十間堀川の南の水路に架かり、その欄干には、太平楼、赤…記録を読む →↗佐賀の通り・橋・風景12008.05.21あかかべ裏十間堀川・「中の橋」岸に「あかかべ」を商標とする中島酒造がある。 その名の通り、蔵の壁が赤く往時の趣きが今に伝わるようである。記録を読む →↗佐賀の通り・橋・風景12008.05.20中の橋明治34年、架設の橋で当時の石組みを残している貴重な橋である。裏十間堀川の中間にあるので「中の橋」と名付けられた。 橋の東岸には、祠に護…記録を読む →
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