ホーム/探訪の記録/龍造寺一門 LOCAL HISTORY / SAGA龍造寺一門◆多久安順と一族の墓投稿日 2008.05.12文・記録:furusato 慶誾寺境内には、龍造寺長信(隆信・弟)の子で、多久氏と改姓した多久安順とその一族の墓が整然と並ぶ。 なお安順の正室は、鍋島直茂・娘の千鶴である。 記事のURLをコピー印刷する 郷土史探訪家吉松潤二街の記憶と、人の営みをたどる。写真と資料、日々の探訪から、この土地の物語を綴ります。 CONTINUE EXPLORINGあわせて読みたい記録一覧へ戻る →↗龍造寺一門2008.06.07◆也足庵・龍造寺一族の墓天文14年(1545年)、龍造寺家兼(剛忠)の子である龍造寺家純、家門、そして孫・純家は、馬場頼周の策謀により急襲され、川上・与止日女神…記録を読む →↗龍造寺一門2008.05.25◆高寺の陣太鼓佐賀市白山町の臨済宗・高寺は、正しくは「瑞石山龍造寺」という名で、かつて龍造寺八幡宮と同じ境内にあった。 本堂は珍しい唐様式が取り入れら…記録を読む →↗龍造寺一門2008.05.19清心院古義真言宗・清心院は、龍造寺氏ゆかりの寺院で、龍造寺胤家が大財端城の入城に際し、城の鬼門鎮護のため、永正3年(1506)に建立したもので…記録を読む →
↗龍造寺一門2008.06.07◆也足庵・龍造寺一族の墓天文14年(1545年)、龍造寺家兼(剛忠)の子である龍造寺家純、家門、そして孫・純家は、馬場頼周の策謀により急襲され、川上・与止日女神…記録を読む →