
中島 鼎蔵・・・嘉永2年(1849年)生、明治7年(1874年)没。
中島 鼎蔵は、佐賀藩士中島祐衛門の次男として生まれた。弘道館で学び、草場佩川や武富い南にも学んだ。
「佐賀の乱」では、征韓党の一番小隊を指揮し、中原・寒水川で官軍を迎撃した。敗戦後、江藤新平らと四国まで向かったが、捕縛され斬罪となった。香月経五郎と同じく、26歳だった。

中島 鼎蔵・・・嘉永2年(1849年)生、明治7年(1874年)没。
中島 鼎蔵は、佐賀藩士中島祐衛門の次男として生まれた。弘道館で学び、草場佩川や武富い南にも学んだ。
「佐賀の乱」では、征韓党の一番小隊を指揮し、中原・寒水川で官軍を迎撃した。敗戦後、江藤新平らと四国まで向かったが、捕縛され斬罪となった。香月経五郎と同じく、26歳だった。