


元禄3年(1690)、藩境に「従是南大村領」の領界石が建てられました。
明治の国道建設以降、その所在が分からなくなっていましたが、昭和33年に俵坂バス停付近の土中にてその上部が欠けた姿で発見されました。現在は、国道すぐ脇の小高い斜面に移設されtいます。



元禄3年(1690)、藩境に「従是南大村領」の領界石が建てられました。
明治の国道建設以降、その所在が分からなくなっていましたが、昭和33年に俵坂バス停付近の土中にてその上部が欠けた姿で発見されました。現在は、国道すぐ脇の小高い斜面に移設されtいます。