


平尾地区河原の東の田の中に、国分寺総門の跡であると伝えられる所があります。
その昔この所に大きな樟の神木がありました。
文政11年(1828)8月の大風にこの樟が根元から倒れ、かたわらのお地蔵さんの堂宇に落ちかかろうとしました。
そこで、庄屋蒲原忠右ヱ門が村民と協議し、明朝になってから大和町小川村の木こりに頼んで、この樟の木を伐採しようとしました。
その夜ふけ丑の刻になって、エイエイと騒がしい人の声がしました。村人はこれを怪しんだが、翌朝になってみると樟の大木は元のように立ち直っているではないですか。
さては昨夜ヱイエイとかけ声をかけて樟の木を起したのはお地蔵さんであったろうということになって、それからはこのお地蔵さんを木起しの地蔵と呼ぶことになりました。
その時から参詣の老若男女が非常に多くなって、時には代官所から参詣を差止めるようになった程であるといいます。
又お詣りすれば、いぼがなおるということで一名「いぼ地蔵さん」とも呼ばれるようになりました。
この地蔵さんも今は平尾天満宮の境内に建てられた一宇の堂に安置されています。




