

「塩田」という地名は、奈良時代に編纂された「肥前風土記」に見られるのが最初です。「藤津郡」の項に、「潮高満川」に由来する「塩田川」と記されています。
寛永16年(1639)、塩田は蓮池藩の領地に組み入れられ、上福の地に頭人役所や上使屋が置かれるなど蓮池藩において政治的に重要な役割を担うようになりました。
上町・中町・下町の一帯は、「塩田津」と呼ばれ、文化10年(1843)に「御蔵」と呼ばれる藩蔵が設置されるなど、水上交通の要所とした大いに繁栄しました。


「塩田」という地名は、奈良時代に編纂された「肥前風土記」に見られるのが最初です。「藤津郡」の項に、「潮高満川」に由来する「塩田川」と記されています。
寛永16年(1639)、塩田は蓮池藩の領地に組み入れられ、上福の地に頭人役所や上使屋が置かれるなど蓮池藩において政治的に重要な役割を担うようになりました。
上町・中町・下町の一帯は、「塩田津」と呼ばれ、文化10年(1843)に「御蔵」と呼ばれる藩蔵が設置されるなど、水上交通の要所とした大いに繁栄しました。