


新町の東寄りのこの一帯を、昔は「牛の鼻町」と呼びました。
平安時代の末、若木町に館を構えていた源為朝は、領主助明に頼まれて有田の白川に出没する大蛇を退治しました。大蛇のうろこが牛の背に積まれ、大宰府に行く途中にこの道を通りましたが、新町の入口まで来ると牛が鼻をついて動かなくなったと云われています。以後、この辺りを「牛の鼻町」と呼ばれるようになりました。



新町の東寄りのこの一帯を、昔は「牛の鼻町」と呼びました。
平安時代の末、若木町に館を構えていた源為朝は、領主助明に頼まれて有田の白川に出没する大蛇を退治しました。大蛇のうろこが牛の背に積まれ、大宰府に行く途中にこの道を通りましたが、新町の入口まで来ると牛が鼻をついて動かなくなったと云われています。以後、この辺りを「牛の鼻町」と呼ばれるようになりました。