



社伝によると、元亨元年(1321)の大干ばつの折、時の領主武雄第十一代の後藤光明が武雄神社・黒髪神社に命じて雨乞いの祈祷をしましたが雨雲は出ませんでした。
ある夜、武雄社下宮の祭神、木莵明神が光明の夢枕に現れ「このままでは旱魃は、まだまだ続きます。早く山城国愛宕郡の貴船明神の神霊を勧請して雨乞いの祈祷をしなさい」と告げたと云われます。
このため、後藤光明は、古志貴川の畔の清浄の地に祠を設け、貴船明神の分霊を祀ったところ、たちまち雨が降り領民は救われたとあります。




社伝によると、元亨元年(1321)の大干ばつの折、時の領主武雄第十一代の後藤光明が武雄神社・黒髪神社に命じて雨乞いの祈祷をしましたが雨雲は出ませんでした。
ある夜、武雄社下宮の祭神、木莵明神が光明の夢枕に現れ「このままでは旱魃は、まだまだ続きます。早く山城国愛宕郡の貴船明神の神霊を勧請して雨乞いの祈祷をしなさい」と告げたと云われます。
このため、後藤光明は、古志貴川の畔の清浄の地に祠を設け、貴船明神の分霊を祀ったところ、たちまち雨が降り領民は救われたとあります。