


田代宿の次は、筑前六宿のひとつである「原田宿」です。筑前街道は、原田と黒崎の間で14里16丁(約58キロ)ありました。
「黒田家請」の記述によると、寛永15年(1638)に「島原の乱」を鎮圧するために松平信綱の一行がこの宿に宿泊したとありますので、この時すでに宿場ができていたと考えられます。



田代宿の次は、筑前六宿のひとつである「原田宿」です。筑前街道は、原田と黒崎の間で14里16丁(約58キロ)ありました。
「黒田家請」の記述によると、寛永15年(1638)に「島原の乱」を鎮圧するために松平信綱の一行がこの宿に宿泊したとありますので、この時すでに宿場ができていたと考えられます。