ホーム/探訪の記録/彼杵宿 LOCAL HISTORY / SAGA彼杵宿長崎街道・二十六聖人乗船地投稿日 2008.12.01文・記録:furusato 慶長2年(1597)2月5日、豊臣秀吉の切支丹弾圧による最初の殉教者・日本二十六聖人は、ここ彼杵港より乗船しました。 その最後の地に着く前日の夕刻、2月4日にこの彼杵港から三艘の船に乗り、最期の地長崎へ向かったのでした。 記事のURLをコピー印刷する 郷土史探訪家吉松潤二街の記憶と、人の営みをたどる。写真と資料、日々の探訪から、この土地の物語を綴ります。 CONTINUE EXPLORINGあわせて読みたい記録一覧へ戻る →↗彼杵宿2010.12.03椎木坂長崎街道は、なだらかな坂を上るように椎木坂へ向かいます。西には大村湾が広がります。記録を読む →↗彼杵宿2010.12.02瀬戸の六地蔵長崎街道沿いに瀬戸の六地蔵があります。この先、街道は大村湾に沿って丘陵地帯を進みます。記録を読む →↗彼杵宿2010.12.01龍頭泉道標石次に山手の方へ向かう龍頭泉道標石が立っています。このあたりはいくかの道と交差しています。記録を読む →