
楠公父子御尊像を祀った本地堂は、明治維新の後、佐賀神道事務分局預かりとなり、義祭同盟も毎年ではないが明治13年(1880)まで続いた。
本地堂の老朽化により、明治18年(1885)、大楠公550年祭にともない、楠神社社殿の再建造営が計画されたが果たせず、明治36年(1903)に漸く、佐賀工業専門学校(現県立佐賀工業高等学校)第一期生によって、本殿の造営に至った。
拝殿は当時、陸軍大演習御巡察のため明治天皇の名代で来佐の小松宮彰仁親王行幸時の佐賀停車場御休憩所跡を移して修築した。楠神社の例祭も5月25日大楠公祭、2月12日小楠公祭と定められた。




