ホーム/探訪の記録/塩田宿 LOCAL HISTORY / SAGA塩田宿塩田の町並み投稿日 2009.06.20文・記録:furusato 明治37年(1904)に武雄から祐徳稲荷神社前に至る祐徳馬車軌道敷設のため、塩田津を貫く表通りが大きく拡幅されました。 この時、町屋の多くが曳屋によって対応したため、今なお江戸時代後期や明治時代に建設された居蔵造の町屋が現存しています。 記事のURLをコピー印刷する 郷土史探訪家吉松潤二街の記憶と、人の営みをたどる。写真と資料、日々の探訪から、この土地の物語を綴ります。 CONTINUE EXPLORINGあわせて読みたい記録一覧へ戻る →↗塩田宿2024.06.16杉光家住宅杉光家住宅は、木造3階建ての大型の立派な町家です。 一の蔵、二の蔵、三の蔵共に江戸末期に建造されたものです。 杉光家もかつては廻船問屋を…記録を読む →↗塩田宿2009.08.12鳴瀬・西岸寺鳴瀬宿の北側に、西岸寺があります。ここは、長崎へ向かうときに藩主が休憩に当てた所です。 今でも藩主専用の御玄関には、佐賀本藩の杏葉紋が現…記録を読む →↗塩田宿2009.08.12鳴瀬郵便局鳴瀬地区の中ほどに、鳴瀬郵便局があります。長崎街道は、江戸時代の主要交通路だったために明治の初期から各地に、郵便局が建てられました。記録を読む →