


慶長7年(1602年)、小倉城主・細川忠興は、紫川の東に橋を架けました。最初は、「大橋」と呼ばれていましたが、元禄5年(1692年)架け替えた時に「常盤橋」となりました。
その後、洪水や老朽のために何回となく架け替えられました。
ここにある橋脚は、文政5年(1822年)の銘が入っており、直径60センチ、高さは5.7メートルの巨大なものでした。



慶長7年(1602年)、小倉城主・細川忠興は、紫川の東に橋を架けました。最初は、「大橋」と呼ばれていましたが、元禄5年(1692年)架け替えた時に「常盤橋」となりました。
その後、洪水や老朽のために何回となく架け替えられました。
ここにある橋脚は、文政5年(1822年)の銘が入っており、直径60センチ、高さは5.7メートルの巨大なものでした。