

龍造寺高房は、龍造寺政家の嫡男。天正14年(1586年)生。龍造寺隆信の孫にあたり、慶長12年(1607年)に没す。
父・政家が病弱だったため、わずか5歳で家督を相続した。しかし、肥前佐賀藩の国政は豊臣秀吉の承認の下、重臣の鍋島直茂公とその子・勝茂に実質的に握られる。
天祐寺は、鍋島直茂公が龍造寺高房の為に、元和元年(1615年)に建立した菩提寺である。


龍造寺高房は、龍造寺政家の嫡男。天正14年(1586年)生。龍造寺隆信の孫にあたり、慶長12年(1607年)に没す。
父・政家が病弱だったため、わずか5歳で家督を相続した。しかし、肥前佐賀藩の国政は豊臣秀吉の承認の下、重臣の鍋島直茂公とその子・勝茂に実質的に握られる。
天祐寺は、鍋島直茂公が龍造寺高房の為に、元和元年(1615年)に建立した菩提寺である。