ホーム/探訪の記録/大財聖堂・武富一族 LOCAL HISTORY / SAGA大財聖堂・武富一族◆多久茂文⑰投稿日 2008.04.14文・記録:furusato 多久聖廟を創設した公は、本藩・鍋島光茂の三男で多久邑主としてその地にあって民の文教に力を注ぎました。 茂文公は、幼少の頃に「武富廉斎」に儒学を学び、廉斎は多久聖廟の釈菜本なども書き興しています。 記事のURLをコピー印刷する 郷土史探訪家吉松潤二街の記憶と、人の営みをたどる。写真と資料、日々の探訪から、この土地の物語を綴ります。 CONTINUE EXPLORINGあわせて読みたい記録一覧へ戻る →↗大財聖堂・武富一族2008.04.15◆武富一族の家紋⑳武富一族の家紋は、弓と矢を表現した独特のものです。 武富廉斎をはじめとする一族の墓は、佐賀市白山町の称念寺にあります。記録を読む →↗大財聖堂・武富一族2008.04.15◆三溝・武富家⑲佐賀市西神野の大興寺には、三溝・武富家のお墓が並びます。 さらに境内には、「武富八幡宮」なる碑もあります。記録を読む →↗大財聖堂・武富一族2008.04.15◆崑崙山⑱大財聖堂にあった大寶聖林碑は、贔屓(ひいき)の上に建っています。 この贔屓は、龍生九子の第一子です。(龍の長子です) 古く中国では死者の…記録を読む →
↗大財聖堂・武富一族2008.04.15◆崑崙山⑱大財聖堂にあった大寶聖林碑は、贔屓(ひいき)の上に建っています。 この贔屓は、龍生九子の第一子です。(龍の長子です) 古く中国では死者の…記録を読む →