ホーム/探訪の記録/郷土の人物 LOCAL HISTORY / SAGA郷土の人物核割りの梅投稿日 2010.01.11文・記録:furusato 明応6年(1497年)、少弐 政資は、大内氏勢に追い詰められてここ、専称寺で自刃します。 この時、口にしていた梅の実を噛み割り、後に萌え出して花を咲かせその実が割れたので「核割りの梅」と呼ばれるようになりました。 記事のURLをコピー印刷する 郷土史探訪家吉松潤二街の記憶と、人の営みをたどる。写真と資料、日々の探訪から、この土地の物語を綴ります。 CONTINUE EXPLORINGあわせて読みたい記録一覧へ戻る →↗郷土の人物2024.06.15田代可休天正15年(1587年)の生まれとされます 寺沢志摩守の大井井堰構築の際に「川に中島を造り水流を二分して一方に導水口を設けることで大水の…記録を読む →↗郷土の人物2018.03.03唐津出身の建築家・辰野金吾東京駅は、唐津出身の建築家・辰野金吾が設計しました 干支は、八つ埋め込んであります レンガは、ドイツ積み(小口積み)です記録を読む →↗郷土の人物2010.01.10少弐政資・資元の墓少弐 政資は、室町時代、戦国時代の武将で鎮西の名門・少弐氏の当主です。 政資は、大内氏に奪われていた筑前、豊前を回復し、少弐氏を一時的に…記録を読む →
↗郷土の人物2010.01.10少弐政資・資元の墓少弐 政資は、室町時代、戦国時代の武将で鎮西の名門・少弐氏の当主です。 政資は、大内氏に奪われていた筑前、豊前を回復し、少弐氏を一時的に…記録を読む →