


佐賀市・柳町界隈には煙草製造所が数軒ありました。その代表とされるのが、「森永煙草製造所」であり、ここで「富士の煙」が製造されました。
「富士の煙」は刻み煙草で、原料は鹿児島から有明海を渡り佐賀江を通って運ばれました。佐賀煙草が本格的になったのは江戸時代からですが、日露戦争のため明治37年に専売法が公布され民営の煙草製造は官営に移行し、「富士の煙」も製造中止となりました。



佐賀市・柳町界隈には煙草製造所が数軒ありました。その代表とされるのが、「森永煙草製造所」であり、ここで「富士の煙」が製造されました。
「富士の煙」は刻み煙草で、原料は鹿児島から有明海を渡り佐賀江を通って運ばれました。佐賀煙草が本格的になったのは江戸時代からですが、日露戦争のため明治37年に専売法が公布され民営の煙草製造は官営に移行し、「富士の煙」も製造中止となりました。