


上使屋とは、嬉野宿を通過する大名や長崎奉行、藩吏などが宿泊する蓮池藩営の施設でした。
かつては、長崎街道沿いの豊玉姫神社脇にあってその裏手に浴場もありました。しかし、道幅も狭く建物自体もさほど大きくなく大名や長崎奉行は、瑞光寺を利用していました。
明治4年になり、上使屋は民間に払い下げになり旅館になりました。その際、この門は必要ないという事でここ、明元寺の山門として移設され今に至っています。



上使屋とは、嬉野宿を通過する大名や長崎奉行、藩吏などが宿泊する蓮池藩営の施設でした。
かつては、長崎街道沿いの豊玉姫神社脇にあってその裏手に浴場もありました。しかし、道幅も狭く建物自体もさほど大きくなく大名や長崎奉行は、瑞光寺を利用していました。
明治4年になり、上使屋は民間に払い下げになり旅館になりました。その際、この門は必要ないという事でここ、明元寺の山門として移設され今に至っています。