


創建時期は、明らかでないが南北朝時代には南朝の拠点としてたびたび兵火に見舞われた。その当時は、妻山城と呼ばれていた。
妻山神社の祭神は、抓津姫命(ツマツヒメノミコ)で、ここより南の稲佐神社の祭神が、その兄・五十猛命(イタケルノミコト)である。ちなみに、父は、素盞鳴命(スサノオノミコト)で天皇家の祖神である天照大神(アマテラスオオミカミ)の弟である。



創建時期は、明らかでないが南北朝時代には南朝の拠点としてたびたび兵火に見舞われた。その当時は、妻山城と呼ばれていた。
妻山神社の祭神は、抓津姫命(ツマツヒメノミコ)で、ここより南の稲佐神社の祭神が、その兄・五十猛命(イタケルノミコト)である。ちなみに、父は、素盞鳴命(スサノオノミコト)で天皇家の祖神である天照大神(アマテラスオオミカミ)の弟である。