
唐香原台場屋敷跡
現在の神埼市唐香原に、佐賀藩が構築した台場跡が残っています。今では竹林となっていますが六角形の台地跡がはっきりと水田の中にあります。 古…
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現在の神埼市唐香原に、佐賀藩が構築した台場跡が残っています。今では竹林となっていますが六角形の台地跡がはっきりと水田の中にあります。 古…
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台場址をさらに進むと、井戸があり底には今でも水があります。周囲は、強固な石垣で囲まれています。 海岸近くには、石切の址も残ります。今回の…
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四郎島中央には、トンネル構造の城郭も現存します。このトンネルを抜けると、大砲を設置した台場があります。 トンネルの中は、崩落しかけていて…
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神ノ島と四郎島は、長崎湾の入口にあって佐賀藩の台場建設以前は海に浮かぶ小島でした。 これを台場とするために、鍋島直正は巨費を投じて、陸続…
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佐賀藩は、嘉永4年(1851)長崎警備の為、四郎島に大砲を設置する台場建設に着工します。外国船の侵入を長崎湾口で阻止する計画です。 まず…
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そのほか、数多くの史跡があちこちにあります。さながら、歴史資料館のようです。
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城内には、「お水堀り」や「荒籠」など、当時の城郭の構造を記す箇所が残っています。
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入口正面・蓮池社の社殿には、鍋島花杏葉の紋があります。またその周りは、掘割の名残りが見受けられます。
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蓮池城は、応永34年(1427年)頃 小田直光によって築かれました。以後、小田氏が代々の居城でしたが、天文22年(1553年)龍造寺隆信…
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永久三年(1115)、鳥羽天皇が櫛田宮を修造され、「本告道景」と「伴兼直」を勅使別当職として下向させられました。 そして、「本告道景」が…
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本告城は、神埼町本告牟田地区の自得寺境内一帯が城址です。 クリークによって幾つもの「島」とも云える曲輪から形成されています。 築城年代は…
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中津隈城を築いた「犬塚家広」は、小弐家の家臣で、東肥前19城将のひとりと云われます。 また、宝満神社境内には、紀元500年頃に築かれたと…
記録を読む郷土史探訪家・吉松潤二による、写真・資料・日々の探訪の記録です。記事の投稿日と、写真や資料が扱う年代は、それぞれ分けて記載しています。
資料・写真の出典や補足は、各記事の末尾からご確認いただけます。