


天正12年(1584年)、龍造寺隆信は有馬氏を討つために、自らも島原への出陣を決意した。
須古城で止めに入った鍋島直茂の言を聞かず、同年3月18日龍王崎より兵船に乗り込んだ。この時の龍造寺軍は、総勢四万とも、五万ともいわれる。
ここ「海童神社」に伝わる「面浮立」の舞は、龍造寺氏が大友氏を討った時に浮立面を被ったという故事に由来する。



天正12年(1584年)、龍造寺隆信は有馬氏を討つために、自らも島原への出陣を決意した。
須古城で止めに入った鍋島直茂の言を聞かず、同年3月18日龍王崎より兵船に乗り込んだ。この時の龍造寺軍は、総勢四万とも、五万ともいわれる。
ここ「海童神社」に伝わる「面浮立」の舞は、龍造寺氏が大友氏を討った時に浮立面を被ったという故事に由来する。