

永久三年(1115)、鳥羽天皇が櫛田宮を修造され、「本告道景」と「伴兼直」を勅使別当職として下向させられました。
そして、「本告道景」が本告家の祖になり、「伴兼直」が執行家の祖となったと云われます。本告は「もとおり」と読み、牟田ケ里七百町を本領としました。
写真下は、圃場整備の時に発掘調査された城址の概観です。


永久三年(1115)、鳥羽天皇が櫛田宮を修造され、「本告道景」と「伴兼直」を勅使別当職として下向させられました。
そして、「本告道景」が本告家の祖になり、「伴兼直」が執行家の祖となったと云われます。本告は「もとおり」と読み、牟田ケ里七百町を本領としました。
写真下は、圃場整備の時に発掘調査された城址の概観です。