


熊本県玉名郡の「神尾城」は、南北朝内乱期(1338年~1392年)、征西将軍懐良親王に奉仕していた名和長宗が親王崩御後、菊池家臣となりこの城に拠ったと言われている。
その後室町時代には、南関の大津山氏の城となった。
天正7年(1579年)肥後を攻めた龍造寺隆信は、和仁城・長坂城を攻略し、ついで大津山資冬の楯籠ったこの神尾城を攻めたが、攻めあぐねて撤退した。
天正15年(1587年)、肥後国衆一揆では反旗を上げたが更なる龍造寺軍の攻撃を受け、城主・大津山家稜は、謀略に誘い出され吉地村浄満院で謀殺され、ついに落城した。




