

塩田町下久間・永正寺の北側の小高い丘に「館中さん」(たっちゅうさん)と呼ばれる供養等が建っています。
この碑は、佐賀藩祖・鍋島直茂・兄信房の二男・鍋島茂治を祀るものです。慶長18年(1613年)、鍋島茂治は、時の藩主・鍋島勝茂から藩規にふれた罪で切腹を命じられました。
この鍋島茂治は、天正19年(1591年)からおよそ20年間、久間城主として当地を治めていました。久間城は、久間薩摩守盛種により築城された城で、武雄・後藤貴明の家臣団の砦でもあります。


塩田町下久間・永正寺の北側の小高い丘に「館中さん」(たっちゅうさん)と呼ばれる供養等が建っています。
この碑は、佐賀藩祖・鍋島直茂・兄信房の二男・鍋島茂治を祀るものです。慶長18年(1613年)、鍋島茂治は、時の藩主・鍋島勝茂から藩規にふれた罪で切腹を命じられました。
この鍋島茂治は、天正19年(1591年)からおよそ20年間、久間城主として当地を治めていました。久間城は、久間薩摩守盛種により築城された城で、武雄・後藤貴明の家臣団の砦でもあります。