

安政2年(1855)、佐賀藩士武富良橘の長男として生まれました。
武富一族の始祖・明人十三官より十世にあたり、明治14年、九州改進党を結成し16年県会議員に当選します。
同20年、佐賀郡長となり郡の財政を改革、23年国会議員となります。
内閣書記官長を経て、大正3年大隈重信内閣の時、大蔵、逓信両大臣を歴任しました。
墓は、武富廉斎と同じく佐賀市・呉服元町の称念寺にあります。


安政2年(1855)、佐賀藩士武富良橘の長男として生まれました。
武富一族の始祖・明人十三官より十世にあたり、明治14年、九州改進党を結成し16年県会議員に当選します。
同20年、佐賀郡長となり郡の財政を改革、23年国会議員となります。
内閣書記官長を経て、大正3年大隈重信内閣の時、大蔵、逓信両大臣を歴任しました。
墓は、武富廉斎と同じく佐賀市・呉服元町の称念寺にあります。