

元亀元年(1570年)、豊後の大友宗麟が肥前に攻め入りました。
宗麟の息子・大友八郎親秀は、三万の軍勢で今山(佐賀市大和町)に陣取しました。
この時、鍋島直茂は夜討ちを策し大友陣に隠密に兵を走らせました。
すると敵勢は三千程度の兵と油断をしていることが判り、その隙を突き、僅か七百で大友八郎を討ち果しました。


元亀元年(1570年)、豊後の大友宗麟が肥前に攻め入りました。
宗麟の息子・大友八郎親秀は、三万の軍勢で今山(佐賀市大和町)に陣取しました。
この時、鍋島直茂は夜討ちを策し大友陣に隠密に兵を走らせました。
すると敵勢は三千程度の兵と油断をしていることが判り、その隙を突き、僅か七百で大友八郎を討ち果しました。