ホーム/探訪の記録/田代宿 LOCAL HISTORY / SAGA田代宿長崎街道・昌元寺投稿日 2008.12.17文・記録:furusato 昌元寺は、当初、昌元寺町にありましたが、文禄年間頃に現在地に移り良盛大和尚が再興しました。 現在の本堂は文禄年間当時の建物と云われます。正面の門は、一見、山門に見えますが、実は鐘を撞く棟です。 記事のURLをコピー印刷する 郷土史探訪家吉松潤二街の記憶と、人の営みをたどる。写真と資料、日々の探訪から、この土地の物語を綴ります。 CONTINUE EXPLORINGあわせて読みたい記録一覧へ戻る →↗田代宿2008.12.29長崎街道・三国境ここは、地名が「三国境」となっていて、昔も今も交通の要衝です。国道3号線を通ると門司から101キロとあります。記録を読む →↗田代宿2008.12.28長崎街道・二国境石二国境石は、肥前領と筑前国の境界を示すものとして、文化4年(1807)に對馬藩と黒田藩との話し合いにより建てられました。 もともと境を示…記録を読む →↗田代宿2008.12.28長崎街道・国境石国道3号線・三国信号の東側に国境石が建っています。福岡藩により天保5年(1834)頃に建てられものと云われています。 高さが3.5メート…記録を読む →