
元亀元年(1570年)、肥前に攻め入った大友軍に夜襲をかけるために、鍋島直茂と成松信勝らはわずか17騎で佐賀城を発った。
十死一生の奇襲による壮絶な進軍であったが、これら鎧を身に纏い、鑓を振る姿に志ある者が次々と参集し、ここ道祖神社まで来た時は、百武賢兼ら数十人が追いつき、総勢50余人となった。
まさに、これから「肥前分け目の戦い」が始まろうとしていた。

元亀元年(1570年)、肥前に攻め入った大友軍に夜襲をかけるために、鍋島直茂と成松信勝らはわずか17騎で佐賀城を発った。
十死一生の奇襲による壮絶な進軍であったが、これら鎧を身に纏い、鑓を振る姿に志ある者が次々と参集し、ここ道祖神社まで来た時は、百武賢兼ら数十人が追いつき、総勢50余人となった。
まさに、これから「肥前分け目の戦い」が始まろうとしていた。