
松尾山・光勝寺
「山辺の道」をほどなく進むと、山中に忽然と巨大な寺門が現れます。 ここ、松尾山・光勝寺は、文保元年(1317)千葉胤貞により創建されたと…
記録を読む佐賀を歩く。
時を、たどる。
街の記憶と、人の営みをたどる。
写真と資料、日々の探訪から、この土地の物語を綴ります。
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「山辺の道」をほどなく進むと、山中に忽然と巨大な寺門が現れます。 ここ、松尾山・光勝寺は、文保元年(1317)千葉胤貞により創建されたと…
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「山辺の道」途中にある、三間山・円通寺は、室町時代の貞和6年(1350)に京都南禅寺・鎌倉建長寺と並んで、「日本三大興国禅寺」の称号を受…
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須賀神社の麓より、「山辺の道」という道が西方へ伸びています。これは、中世の千葉氏・千葉城から近世の鍋島氏・祥光山・星巌寺まで全長2.2k…
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須賀神社の創建は、延暦22年(803年)と云われ、かなり古いものです。その後、正和5年(1316年)に京都の八坂神社の分霊を勧請し、祇園…
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千葉氏がこの城を築いたのがいつ頃だったかはっきりしませんが、千葉大隈守胤貞という人物が正和5年(1316年)、はじめて下総国(千葉県)よ…
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明和3年(1767年)、同寺の日潮上人によって石碑に建て代えられた「千人塚」は、妙福寺に移されています。 佐賀藩・刑場の官吏は、ここ「妙…
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長崎街道を更に西へ進み嘉瀬川を渡る頃、傍らにはかつて佐賀藩の刑場がありました。 元禄時代、嘉瀬津・妙福寺19世、日仙上人が刑死者の菩提を…
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嘉瀬扇町・苗運寺の境内には、元禄6年(1693年)に「扇町毛氈」を始めた「古賀清右衛門」の墓と、「鍋島段通」顕彰碑がある。 「鍋島段通」…
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佐賀市・柳町界隈には煙草製造所が数軒あった。その代表とされるのが、「森永煙草製造所」であり、ここで「富士の煙」が製造された。 「富士の煙…
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佐賀市柳町の八坂神社境内には、樹齢約800年の大楠がある。 この境内では、大隈重信が幼少の頃に遊んでいたと云われる。
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佐賀城下を西へ進みと嘉瀬町の長崎街道沿いに「別れの松」がある。 ここはかつての刑場に向かう罪人が、家人や知人と別れを告げた場所であった。
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佐賀藩が製造した大砲は、江戸幕府などへ送られ全部で271門におよんだ。
記録を読む郷土史探訪家・吉松潤二による、写真・資料・日々の探訪の記録です。記事の投稿日と、写真や資料が扱う年代は、それぞれ分けて記載しています。
資料・写真の出典や補足は、各記事の末尾からご確認いただけます。