
★太鼓橋・松原川水系
松原神社境内の北の出入り口に架かる橋で、特に名は付いていません。 神社仏閣に架かる橋は、この様式が多くて渡る時はなぜか子供心に少しだけ、…
記録を読む佐賀を歩く。
時を、たどる。
街の記憶と、人の営みをたどる。
写真と資料、日々の探訪から、この土地の物語を綴ります。
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佐賀の歴史や街の記憶を、気になるテーマからお楽しみください。
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松原神社境内の北の出入り口に架かる橋で、特に名は付いていません。 神社仏閣に架かる橋は、この様式が多くて渡る時はなぜか子供心に少しだけ、…
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「楽天橋」と名が付いています。なかなか、趣きがある名前です。
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その名も「河童橋」です。いたずら河童が身を乗り出しています。
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「松園橋」は、その名の通り、松原とその北側にあった「銅像園」をつなぐ橋です。 大正12年11月10日、鍋島直正公銅像の除幕式があり、その…
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県庁通りと中央通りにふたつの橋がかかりますが、両方とも「松原橋」となっています。 中央通りの方は、佐賀市のメインストリートの橋という事も…
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佐賀の人は、愛執をこめて「ポンポン井樋」と呼びます。 多布施川より松原川への取水の井樋の事ですが、以前は常に流れが渦を巻き、子供達の格好…
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有明町・東明寺というお寺に行きました。場所は、稲佐神社の参道脇です。 そこに、ひっそりと「龍造寺隆信の墓」がありました。
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宝琳院の境内には、アームストロング砲の弾の石碑があります。
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護国神社の北端、多布施川に架かる長さ8メートルの石橋。 この橋は、江戸時代に洪水の度毎に流されていたものを、宇野善左衛門が私財を持って建…
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宇野善左衛門は、鹿島藩士で建築・土木の手腕があり、佐賀本藩に招かれた。 嘉瀬橋の掛け替えなどしてその功績が認められ、十五人扶持を与えられ…
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佐賀市神野町の大興寺「お釈迦様涅槃図」です。
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佐賀城の北堀には、裏十間川から水を取り入れる井樋が数箇所あります。 川の流水量にあわせて取水し、別の出水溝から流れ出る仕組みになっていま…
記録を読む郷土史探訪家・吉松潤二による、写真・資料・日々の探訪の記録です。記事の投稿日と、写真や資料が扱う年代は、それぞれ分けて記載しています。
資料・写真の出典や補足は、各記事の末尾からご確認いただけます。