
長崎街道・坂本郷
坂本郷付近の長崎街道は、俵坂峠へ向かってゆるやかな坂を登っていきます。要所に、手作りの表示がしてあり周囲の木々も伐採してあり、割と歩きや…
記録を読む佐賀を歩く。
時を、たどる。
街の記憶と、人の営みをたどる。
写真と資料、日々の探訪から、この土地の物語を綴ります。
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佐賀の歴史や街の記憶を、気になるテーマからお楽しみください。
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坂本郷付近の長崎街道は、俵坂峠へ向かってゆるやかな坂を登っていきます。要所に、手作りの表示がしてあり周囲の木々も伐採してあり、割と歩きや…
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鳥越一里塚跡には、はっきりした塚はありませんが少しだけ盛り上がった土壌が残っています。その前後は、一時、通行不能でしたが、最近になって通…
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菅無田郷付近で、鳥越一里塚跡入口に入ります。このあたりから、長崎街道も未舗装の山道になり往時の雰囲気になります。 シーボルトら一行もこの…
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里道を進むと、愛宕神社の鳥居が見えてきました。鳥居だけで本殿は見えません。 さらに行くと、「鞘原大明神」と刻まれた石塔が建っています。
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一ノ瀬を渡り、三根郷をゆるやかに登り始めます。振り返ると大村湾がキラキラと光り、頭上には、長崎自動車道が走ります。左には国道34号線が通…
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今は、一ノ瀬橋が架かりますが江戸時代には橋はなく、「一ノ瀬」という徒歩渡りの場所でした。洪水の時には、この付近で河道を変えたとも云われて…
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大村湾に、彼杵川が流れ込んいる河口付近です。 深澤捕鯨の好況を受けて、彼杵は発展していきました。五島方面とも経済で結びついて街道宿も栄え…
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慶長2年(1597)2月5日、豊臣秀吉の切支丹弾圧による最初の殉教者・日本二十六聖人は、ここ彼杵港より乗船しました。 その最後の地に着く…
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彼杵港は、元禄7年(1694)に築港され、時津や九州各地へ多くの船が出港しました。目の前には、穏やかな大村湾が広がります。
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ここは、長崎街道と平戸往還の分岐点でもある宿場町中央付近にある十字路です。 北東へ進むと、長崎街道・嬉野往還で北西へ行くと平戸往還です。…
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捕鯨で財を成した大村の深沢儀太夫は、鯨組を組織して鯨を彼杵港に運び入れ、ここから各地に搬出しました。今でも鯨屋と倉庫があり、独特の臭いが…
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彼杵宿は、長崎を南に控え大村藩として経済も好況でした。彼杵港も整備され、捕鯨業でも活況を帯びていました。こうした中、裕福な商人達も登場し…
記録を読む郷土史探訪家・吉松潤二による、写真・資料・日々の探訪の記録です。記事の投稿日と、写真や資料が扱う年代は、それぞれ分けて記載しています。
資料・写真の出典や補足は、各記事の末尾からご確認いただけます。