
陽刻線描宝塔
この宝塔は、13世紀中程の鎌倉倉時代から作られた角宝塔です。四面にはそれぞれ金胎の四仏を陽刻線描を主体に描かれています。 当時の仏教美術…
記録を読む佐賀を歩く。
時を、たどる。
街の記憶と、人の営みをたどる。
写真と資料、日々の探訪から、この土地の物語を綴ります。
写真をひらく。地名を調べる。記録を読み進める。
佐賀の歴史や街の記憶を、気になるテーマからお楽しみください。
カテゴリーや言葉から、
読みたい記録へ。

この宝塔は、13世紀中程の鎌倉倉時代から作られた角宝塔です。四面にはそれぞれ金胎の四仏を陽刻線描を主体に描かれています。 当時の仏教美術…
記録を読む
ここには、公儀のご法度や藩の覚書の制札「高札」を掲示する「高札場」がありました。「高札」は、とくに交通の多い町角の人の見やすい場所に設置…
記録を読む
幕末の医師・中村涼庵は、長崎でシーボルトの最新医学を習得して佐賀に帰国します。 天保2年(1831年)、武雄に帰り開業し時の領主・鍋島茂…
記録を読む
新町の東寄りのこの一帯を、昔は「牛の鼻町」と呼びました。 平安時代の末、若木町に館を構えていた源為朝は、領主助明に頼まれて有田の白川に出…
記録を読む
敵が攻めてきた場合、その勢力を防ぐための戦略道路として作られたと云われています。 さらに、この一帯を「十間堀」といい防火用水を貯めるため…
記録を読む
柄崎宿の西の入口にあたる場所に、日蓮宗・円満寺があります。
記録を読む
長崎街道の町場である小竹の小休所跡です。宿場と宿場の中継の宿として栄えました。 この付近には、旅人が小休止する休み所があり、人馬継立てな…
記録を読む
出版ことはじめ企画「佐賀の偉人を語ろう」が開催されました。 これは、「佐賀の七賢人」をはじめ幕末・明治期に活躍した県出身者を取り上げる『…
記録を読む
小竹の地名は、周辺に竹林が生い茂っていたことから名付けられたと云われます。 街道沿いに町屋が続き、今でも往時の面影が残ります。
記録を読む
キャンドルは、昭和30年代から愛敬町にあった優雅な社交場でした。
記録を読む
峠や山道が多い筑前六宿にあって、直方・小竹の町場近辺は遠賀川沿いの平坦な道が続きます。 さらに小竹駅は、土手の上に建てられた珍しい構造の…
記録を読む
木屋瀬宿の中ほどにある旧高崎家住宅です。 劇作家・伊馬春部の生家としても有名です。本名を高崎英雄といい、木屋瀬で生まれ旧制鞍手中学校から…
記録を読む郷土史探訪家・吉松潤二による、写真・資料・日々の探訪の記録です。記事の投稿日と、写真や資料が扱う年代は、それぞれ分けて記載しています。
資料・写真の出典や補足は、各記事の末尾からご確認いただけます。