
ノルマントン号海難事故追悼碑・その2
このノルマントン号に、佐賀市蓮池町出身の八谷種次郎が乗り合わせていたのでした。 八谷家は、縫製業と製靴業を営む裕福な商家でした。種次郎は…
記録を読む佐賀を歩く。
時を、たどる。
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写真と資料、日々の探訪から、この土地の物語を綴ります。
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このノルマントン号に、佐賀市蓮池町出身の八谷種次郎が乗り合わせていたのでした。 八谷家は、縫製業と製靴業を営む裕福な商家でした。種次郎は…
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通天寺の本堂・奥には、この寺を再興した深江信渓の木像が祭ってあります。
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深江信渓は、寛文3年(1663)に京都の仏師に楠公父子決別の像を刻ませて、佐賀郡北原村の永明寺に祀ったと言われています。 ここ、通天寺に…
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飯塚宿の西構口跡の記念碑が建っています。ここから飯塚宿場の通りが始まります。
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瀬戸の渡しを過ぎると、天道の町並みが見えてきます。 長崎街道沿いには、「宇立」が上がる旧商家が立ち並んでいます。
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瀬戸の渡しの川幅は、「十間ばかり」あったらしく歩いて渡ったようです。渡し場の傍らにある川波氏の家は、当時「川庄屋」で、川を渡る旅人はこの…
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桂川町瀬戸と穂波町の境にはかつて一里塚がありました。左右に松が植えてあっと云われます。 その先に、「瀬戸の渡し」があり、ここを渡ると飯塚…
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祠の際に、大きな榎の木が立っています。かつてあった一里塚の跡と云われています。
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大根地神社への上り口を過ぎ、内野宿側へと峠を下ると有名な「首なし地蔵」があります。 周辺は、冷水峠の由来ともなった清流が音を立てて流れて…
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冷水峠を越えて、内野宿側へと下る道は今でも石畳が残っています。 江戸時代の面影がそのまま現存していて、かつてシーボルト一行もこの道を歩い…
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山道を上り詰めると、冷水峠に着きます。そこには、「従是東嘉麻郡」「従是西御笠郡」と彫られた郡境石と大根地神社の鳥居が建っています。 ここ…
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大根地神社への道は、長崎街道でもあり、ゆるやかな山道になっています。山家宿側は、昭和初期に資材運搬道路として拡張され、かつての石畳は今は…
記録を読む郷土史探訪家・吉松潤二による、写真・資料・日々の探訪の記録です。記事の投稿日と、写真や資料が扱う年代は、それぞれ分けて記載しています。
資料・写真の出典や補足は、各記事の末尾からご確認いただけます。