
二本木神社
沖田畷・二本木神社は、龍造寺隆信公を失った家臣の内、この地に住み着いた人達が戦死を悼み、その霊を慰めようと小祠を建てたのが始まりと云われ…
記録を読む佐賀を歩く。
時を、たどる。
街の記憶と、人の営みをたどる。
写真と資料、日々の探訪から、この土地の物語を綴ります。
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沖田畷・二本木神社は、龍造寺隆信公を失った家臣の内、この地に住み着いた人達が戦死を悼み、その霊を慰めようと小祠を建てたのが始まりと云われ…
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天正12年(1584年)、龍造寺氏から有馬晴信が離反すると、島原半島における龍造寺方の諸豪族が動揺し始めます。 このため、龍造寺隆信は自…
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国道35号線沿いの道を東へ進むと下西山地区へ着きました。いよいよここから、柄崎宿(現・武雄)です。
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渕の尾水源地を下ると、上西山の平坦な地に出ます。そこには、湯の谷石橋が架かっています。 この橋を渡り、東へ進むと柄崎宿です。
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渕の尾峠を越えると、渕の尾水源地に出ます。ここから本来の長崎街道は、残念ながら湖水の中を進むので歩く事はできません。 今となっては水源地…
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緩やかな坂道を登ると、渕の尾峠です。静かな峠越えの道は、今にもかつて旅人の足音が聞こえてきそうです。
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長崎街道は、老松社を過ぎると渕の尾峠を越えるのため山中へ進みます。 このあたりは、今でも往時の雰囲気が残っています。
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ここ武雄市東川登町では、470年続く伝統行事「なます祭り」が行われています。 享禄3年(1530)、島原の武将・有馬仙岩が、後藤純明の立…
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現在の越川橋跡です。残念ながら当時の面影はありませんが、新しい鉄骨の越川橋が架かっています。
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かつての長崎街道に架かっていた、「越川橋」は現在、長崎自動車道・東川登サービスエリア内に移設してあります。堅牢な石橋は、長い時間の風雪に…
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社伝によると、元亨元年(1321)の大干ばつの折、時の領主武雄第十一代の後藤光明が武雄神社・黒髪神社に命じて雨乞いの祈祷をしましたが雨雲…
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柄崎宿へ向かう追分で、かつて一里松があったと云われています。右手・東北へ向かうと塩田宿、左手・真北へ進むと柄崎宿です。
記録を読む郷土史探訪家・吉松潤二による、写真・資料・日々の探訪の記録です。記事の投稿日と、写真や資料が扱う年代は、それぞれ分けて記載しています。
資料・写真の出典や補足は、各記事の末尾からご確認いただけます。