
今山の陣① 古戦場跡
元亀元年(1570年)、豊後の大友宗麟が肥前に攻め入りました。 宗麟の息子・大友八郎親秀は、三万の軍勢で今山(佐賀市大和町)に陣取しまし…
記録を読む佐賀を歩く。
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元亀元年(1570年)、豊後の大友宗麟が肥前に攻め入りました。 宗麟の息子・大友八郎親秀は、三万の軍勢で今山(佐賀市大和町)に陣取しまし…
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佐賀藩主・鍋島氏一族の定紋は、宗家は葉脈がある「鍋島杏葉紋」を正式な紋としていました。その葉の枚数は、片方で11枚です。 支藩主・分家筋…
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石切り場は、大平山山頂近くの高度な所にあり当時、そこへ辿り着くまでだけでも大変であったろうと思われます。そして石工建ちは、ここから重く大…
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「肥前の石工」は、安土桃山時代以降、石仏や各種石造物を多く手掛け谷地区一帯に石工集団をつくり石材加工業を営んでいました。 ここはその石材…
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平川予四右衛門が生まれた多久領砥川谷村は江戸時代の始め頃から、七十数軒程の石工が住む「石工の里」でした。 平川予四右衛門は、その砥川石工…
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熊野大権現の麓に、同じく平川与四右衛門作による石像千手観音菩薩坐像があります。 宝栄5年(1702年)の銘があり、その立体的な構図と細か…
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熊野大権現の入口脇には、平川与四右衛門作の「石造布袋像」があります。 元禄4年(1692年)の銘があり、石の一材から彫られていて表情豊な…
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熊野山大権現は、寛永年間に後藤遊仙によって開山されたと云われています。 寛永14年(1637年)、島原の乱で多久茂辰が出陣の折、武運を心…
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長崎街道から少し外れた上砥川の山裾に「愛宕神社」の鳥居が建っています。 そしてその奥には、「大黒天像」があります。ここ、砥川谷地区では「…
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長崎街道で牛津川を渡る牛津の大橋跡ですが、今は「砥川大橋」が架かっています。 すぐ北に現代の「牛津大橋」と南に鉄道橋が見えますが、それ以…
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明応6年(1497年)、少弐 政資は、大内氏勢に追い詰められてここ、専称寺で自刃します。 この時、口にしていた梅の実を噛み割り、後に萌え…
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少弐 政資は、室町時代、戦国時代の武将で鎮西の名門・少弐氏の当主です。 政資は、大内氏に奪われていた筑前、豊前を回復し、少弐氏を一時的に…
記録を読む郷土史探訪家・吉松潤二による、写真・資料・日々の探訪の記録です。記事の投稿日と、写真や資料が扱う年代は、それぞれ分けて記載しています。
資料・写真の出典や補足は、各記事の末尾からご確認いただけます。