
中央大通り
佐賀市のまさに、中央を南北に走る大通りです。 土橋より南が開通したのは、昭和40年8月でした。
記録を読む佐賀を歩く。
時を、たどる。
街の記憶と、人の営みをたどる。
写真と資料、日々の探訪から、この土地の物語を綴ります。
写真をひらく。地名を調べる。記録を読み進める。
佐賀の歴史や街の記憶を、気になるテーマからお楽しみください。
カテゴリーや言葉から、
読みたい記録へ。

佐賀市のまさに、中央を南北に走る大通りです。 土橋より南が開通したのは、昭和40年8月でした。
記録を読む
楠神社から西へのびる通りで、その名も「楠公(なんこう)通り」と言います。 正面突き当たりに見えるのが、「楠神社」です。
記録を読む
佐賀市・唐人町の祖と呼ばれる李宋歓を祀る神社である。 昭和30年、道路拡張のために旧・宋歓碑を移転し、唐人神社として再興された。 以後、…
記録を読む
昭和30年代まで「楠公旅館」として営業されていた建物です。 今でも、表札だけは「楠公通り」とされています。
記録を読む
昭和10年、5月25日の大楠公600年祭の風景です。 多くの旗やノボリがお祝いに、飾られています。
記録を読む
昭和初期の楠公神社です。 龍造寺八幡宮の斜め横に、当時は今より小さめの本殿が見えます。
記録を読む
「楠公の歌」 桜井の訣別 青葉しげれる桜井の 里のわたりの夕まぐれ、 木の下かげに駒とめて 世の行末をつくづく…
記録を読む
例祭では祝詞や「桜井の歌」斉唱などがあり、その後、社務所にて直会があります。
記録を読む
毎年5月25日に楠神社にて「楠公神社例祭」が開催されます。 5月25日は、楠木正成の命日です。
記録を読む
楠木正成が、その旗に印した言葉です。 非道より、理屈より、法律より、権力より、天理がすべてであるという意味です。 佐賀市・白山町の楠神社…
記録を読む
昭和12年5月9日、勧興小学校の校庭東に建てられた「大楠公銅像」である。 台座には、「七生報国」の文字が彫られている。
記録を読む
連名帳は、昭和初期に活字化され、その冊子が本宮に現存しているが、『楠公義祭同盟』(福岡博氏監修・大園隆二郎氏校補)では、それを底本に総校…
記録を読む郷土史探訪家・吉松潤二による、写真・資料・日々の探訪の記録です。記事の投稿日と、写真や資料が扱う年代は、それぞれ分けて記載しています。
資料・写真の出典や補足は、各記事の末尾からご確認いただけます。