
佐賀宿・八戸の町並み
長崎街道・八戸町の町並みは、酒造会社の蔵や古い橋などが現在でも残っています。狭い道のため、車の通行量も少なく静かな通りです。
記録を読む佐賀を歩く。
時を、たどる。
街の記憶と、人の営みをたどる。
写真と資料、日々の探訪から、この土地の物語を綴ります。
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長崎街道・八戸町の町並みは、酒造会社の蔵や古い橋などが現在でも残っています。狭い道のため、車の通行量も少なく静かな通りです。
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長崎街道・長瀬町道標を西へ進むと、八戸ののこぎり型家並が続きます。 佐賀城下への敵の進行を妨げるために、街道沿いの民家をわざと斜めにずら…
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佐賀宿・長瀬町の長崎街道沿いに建つ道標です。正面には右方向へ「こくらみち」、左方向へ「ながさきへ」とあります。 さらに、左右両面には「い…
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山家宿を冷水峠へ向かい東へ進むと左手に立派な庄屋屋敷があります。大庄屋・山田家の建物で、肥後藩主・細川公が宿としていた本陣跡です。今でも…
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郡屋跡を過ぎ、国道に出ると山家郵便局があります。郵便事業が長崎街道の道筋と共に広がっていった様子を表記してあります。 郵便局の隣には、往…
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中茶屋の少し先に、郡屋跡があります。郡屋とは、その郡内の村役人たちが集まって郡奉行の通達を受けたり、参勤交代の人馬役の打ち合わせなどをす…
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本陣跡のすぐ脇に、中茶屋跡があります。中茶屋は、いわゆる町茶屋で一般人が利用していました。 ここは、屋号を「長崎屋」といい代々、近藤家が…
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御茶屋は、藩主が領内を巡視する時に宿泊したり休憩したりする所です。また、長崎街道を通る長崎奉行や諸大名の宿泊にも当てられました。
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山家宿の初代々官は、桐山丹波守孫兵衛で慶長6年(1601)に黒田長政より知行を受けています。桐山丹波守は、黒田25騎の一人とも云われまし…
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筑前六宿の2番目の宿である「山家宿」に入ります。国道200号線から狭い旧道へと長崎街道が続きます。 福岡藩が取締りの為に設けた「番所跡」…
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宝満川を渡ると、飯塚まで28キロの表示があります。正面の山を超えると筑豊地方です。
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筑紫神社を東へ進むと、宝満川を渡ります。遠く大宰府の方角に、宝満山も見えます。
記録を読む郷土史探訪家・吉松潤二による、写真・資料・日々の探訪の記録です。記事の投稿日と、写真や資料が扱う年代は、それぞれ分けて記載しています。
資料・写真の出典や補足は、各記事の末尾からご確認いただけます。