
長崎街道・峠下
未舗装と舗装された長崎街道が交互に続きます。あともう少しで俵坂峠です。
記録を読む佐賀を歩く。
時を、たどる。
街の記憶と、人の営みをたどる。
写真と資料、日々の探訪から、この土地の物語を綴ります。
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佐賀の歴史や街の記憶を、気になるテーマからお楽しみください。
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未舗装と舗装された長崎街道が交互に続きます。あともう少しで俵坂峠です。
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坂本集落の中に、坂本千部塔と呼ばれるものが建っています。かつて、道ゆく人もしばし足を止めたかもしれません。
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山道の長崎街道は、現在の国道34号線と交差します。それがこの78キロポスト付近です。 嬉野まで6キロとあるので、一里半あります。
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坂本郷付近の長崎街道は、俵坂峠へ向かってゆるやかな坂を登っていきます。要所に、手作りの表示がしてあり周囲の木々も伐採してあり、割と歩きや…
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鳥越一里塚跡には、はっきりした塚はありませんが少しだけ盛り上がった土壌が残っています。その前後は、一時、通行不能でしたが、最近になって通…
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菅無田郷付近で、鳥越一里塚跡入口に入ります。このあたりから、長崎街道も未舗装の山道になり往時の雰囲気になります。 シーボルトら一行もこの…
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里道を進むと、愛宕神社の鳥居が見えてきました。鳥居だけで本殿は見えません。 さらに行くと、「鞘原大明神」と刻まれた石塔が建っています。
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一ノ瀬を渡り、三根郷をゆるやかに登り始めます。振り返ると大村湾がキラキラと光り、頭上には、長崎自動車道が走ります。左には国道34号線が通…
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今は、一ノ瀬橋が架かりますが江戸時代には橋はなく、「一ノ瀬」という徒歩渡りの場所でした。洪水の時には、この付近で河道を変えたとも云われて…
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大村湾に、彼杵川が流れ込んいる河口付近です。 深澤捕鯨の好況を受けて、彼杵は発展していきました。五島方面とも経済で結びついて街道宿も栄え…
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慶長2年(1597)2月5日、豊臣秀吉の切支丹弾圧による最初の殉教者・日本二十六聖人は、ここ彼杵港より乗船しました。 その最後の地に着く…
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彼杵港は、元禄7年(1694)に築港され、時津や九州各地へ多くの船が出港しました。目の前には、穏やかな大村湾が広がります。
記録を読む郷土史探訪家・吉松潤二による、写真・資料・日々の探訪の記録です。記事の投稿日と、写真や資料が扱う年代は、それぞれ分けて記載しています。
資料・写真の出典や補足は、各記事の末尾からご確認いただけます。