
長崎街道の十字路
ここは、長崎街道と平戸往還の分岐点でもある宿場町中央付近にある十字路です。 北東へ進むと、長崎街道・嬉野往還で北西へ行くと平戸往還です。…
記録を読む佐賀を歩く。
時を、たどる。
街の記憶と、人の営みをたどる。
写真と資料、日々の探訪から、この土地の物語を綴ります。
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ここは、長崎街道と平戸往還の分岐点でもある宿場町中央付近にある十字路です。 北東へ進むと、長崎街道・嬉野往還で北西へ行くと平戸往還です。…
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捕鯨で財を成した大村の深沢儀太夫は、鯨組を組織して鯨を彼杵港に運び入れ、ここから各地に搬出しました。今でも鯨屋と倉庫があり、独特の臭いが…
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彼杵宿は、長崎を南に控え大村藩として経済も好況でした。彼杵港も整備され、捕鯨業でも活況を帯びていました。こうした中、裕福な商人達も登場し…
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彼杵神社・二の鳥居と本殿です。彼杵神社は、明治18年(1880)に遷宮されました。
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長崎街道・嬉野往還の通りに面した彼杵神社の地に、彼杵宿本陣がありました。寛永12年(1635)に設置されたと伝わります。通りを挟み正面に…
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数々の旅日記に出てくる中原宿です。今でも僅かに往時の雰囲気が残る旧家があります。
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中原宿の中程に、祇園社が建っています。今では、広い公園になっていて正面には街道沿いの案内版も設置してありました。
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田手神社を東へ行くと、追分石が建っています。 「日本六所脊振山弁財天道」と刻んであります。これより北へ登ると背振へ行く分かれ道であったの…
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田手神社本殿には、鍋島家紋・杏葉紋が掲げてあります。 由緒書きは、杉野宮司さんが書かれたもので濃い墨で書いたので、十年は何とか消えずにす…
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田手宿のある田手神社は、今から約1300年前、天照皇太神宮を勧請して建立されたと由緒書きにあります。 杉野隼人という人物が伊勢神宮に願い…
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ひのはしら一里塚を東へ進むと、「田手宿」へと入ります。いまでも僅かながら、街道筋の雰囲気が残る地区です。 江戸後期の狂歌師・太田南畝の「…
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筑前・筑後・肥前境の三国峠を基点に一里(約4キロ)ごとに、江戸に向いて街道の左側に設置されたもののひとつです。 長崎街道で唯一、築山が確…
記録を読む郷土史探訪家・吉松潤二による、写真・資料・日々の探訪の記録です。記事の投稿日と、写真や資料が扱う年代は、それぞれ分けて記載しています。
資料・写真の出典や補足は、各記事の末尾からご確認いただけます。