
田中城(和仁城)
田中城(和仁城)は、廣瀬文書の暦応3年(1340)の項に出てくる「鰐城」にあたると考えられているが、いつ築城されたかははっきりせず、落城…
記録を読む佐賀を歩く。
時を、たどる。
街の記憶と、人の営みをたどる。
写真と資料、日々の探訪から、この土地の物語を綴ります。
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田中城(和仁城)は、廣瀬文書の暦応3年(1340)の項に出てくる「鰐城」にあたると考えられているが、いつ築城されたかははっきりせず、落城…
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熊本県玉名郡の「神尾城」は、南北朝内乱期(1338年~1392年)、征西将軍懐良親王に奉仕していた名和長宗が親王崩御後、菊池家臣となりこ…
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昭和11年、佐賀市白山町に開業した「マルゼン洋品店」です。 最初は、洋傘店でしたが戦後、紳士服や婦人服も扱うようになりました。 今は、マ…
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昭和30年代~昭和60年頃まで旧国鉄佐賀駅前にあったレストランです。当時としては、かなりオシャレなムードでした。
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昭和30年代に旧国鉄佐賀駅前にあった「佐賀デパート」です。いつも多くの買物客で賑わいました。 「対面販売」が主流だった当時としては、珍し…
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慶長12年(1607年)、須古初代邑主・龍造寺信周(隆信・弟)が妻山神社を再建したと言われている。立派な社門があり、龍造寺氏の「十二日足…
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創建時期は、明らかでないが南北朝時代には南朝の拠点としてたびたび兵火に見舞われた。その当時は、妻山城と呼ばれていた。 妻山神社の祭神は、…
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須古城址のすぐ近くに、「乱れ橋」という名前の橋がある。里の人によると、龍造寺隆信の須古城攻めにより多くの犠牲者が出たため、この橋を「乱れ…
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須古城の東に、小さい丘があり支城として要になっていた。山の側面には、石垣の址も見受けられ、頂上には大きな石群が点在する。 また、裾野には…
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須古城の西にその支城である杵島城がある。その起源は明らかでないが、須古城、さらには東の男島城と同じ頃に築かれたと思われる。 平井経治が城…
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須古城址の高台には、地元の人が「弾よけ岩」と呼ぶ大きな石組もある。また、自然の要害を補強するように「空堀」なども見受けられる。 龍造寺隆…
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平井経治の居城である須古城は、東を城濠で守り、北共に百町牟田まで延長して、周囲をかこんだ。 さらに大手口から搦手に通ずる城郭には、一間の…
記録を読む郷土史探訪家・吉松潤二による、写真・資料・日々の探訪の記録です。記事の投稿日と、写真や資料が扱う年代は、それぞれ分けて記載しています。
資料・写真の出典や補足は、各記事の末尾からご確認いただけます。